寿々殿! そのような所に居られては、お身体に障りますぞ」
「あらら、姫さん、外に出て大丈夫なの?」


 数日後、約束どおり旦那と一緒に、俺様お手製の団子を手土産に姫さんの部屋を訪れると、珍しく姫さんが縁側に座っていた。こっちの心配とは裏腹に、いつもみたいに顔を輝かせて「今日は気分がいいの。だからひなたぼっこ!」と笑う。旦那はそれでも不安そうに姫さんを見ていた。その様子を見て、姫さんは「だいじょうぶだよ。幸村は本当に心配性なんだから! 一緒にお話しましょ」とまた笑いかける。ふたりは同い年だけど、身長も体格も上回っている旦那のほうがなんとなく、幼く見えた。あ、姫さんが大人びているのか。

「はい、団子。あと旦那ね」
「某はおまけでござるか?!」
「ねえ、やっぱりそれ、駄洒落でしょう?」
「…姫さん、せめて韻踏みって言ってよ」
 はあ、とため息をついても、姫さんは笑うだけで何の効果もないことを俺様は知っている。
「お団子は佐助の手作り?」
「そうだよ。俺様なんでも出来ちゃうからさあ」
「佐助の団子はまこと美味でござるな!」
「うん、おいしい! ほんと、佐助ってば忍らしくないよね」
「ちょっと二人とも、誰のせいだと思ってるの。まーったく忍使いが荒いこって」
 なんだって俺様は団子なんか作れちゃうんだろう。すごく疑問だ。俺様はちゃんとした忍のはずなんだけど。すごく不思議だ。


 姫さんと旦那と俺様。姫君と武将と戦忍。
 身分がまるで違う三人が、仲良く縁側で団子を食べている図というのは、傍から見れば奇妙に見えるものだと思うんだけど、それより奇妙なのはこんな状態を何とも思っていない武田の人間だ。すっかり日常の一部に組み込まれた光景になっているらしい。
 たまに通りがかる女中でさえ、「姫様、今日はお加減がよろしいのですね!」とか「団子は美味しゅうございますか?」とか「寿々姫様、お天気が良うございますね」とか「姫様のおかげで、明日もきっと晴れますわ!」とか姫さんの健康やら団子やら天気やらに突っ込んで(皆、とても嬉しそうに)声を掛けるだけで去ってゆく。そしてその言葉に律儀に返事をして、最後にありがとう、と姫さんは微笑んだり、手を振りさえもする。こういうのを見ているだけで分かる。姫さんは皆から愛されてるんだな、って。境遇はまるで違えど、ほとんど幼馴染同然に育った姫さんがそうやって愛されているのは、とても誇らしい。


「幸村の元気が、すこしでもわたしにあったら、なあ」
 ひとりでひたすら団子を頬張る旦那を見ながら、ふと姫さんが言う。そう言う姫さんは、団子を二本食べただけだった。…そりゃ元気でいることは大切なことだけど、やっぱり物事には限度ってものがある。
「旦那がもうひとりなんて、勘弁してよ姫さん。考えただけでもぞっとするって」
「なぬ! 佐助、それは一体どういう意味だ!」
「だーかーらー! この屋敷がもっと暑苦しくなるってこと!」
 おーこわいこわい! 大げさに震えてみせれば、旦那がむきになって反論しようとする。旦那みたいな姫さん…姫さんが大将と殴り合いなんかしちゃった日にゃあ、空から何が降ってくるかわかったもんじゃない。そんな二人の殴り合いを想像すると、なんだかとんでもないことになりそうだったからやめた。そこまで想像力を豊かには、したくない。


「ふふ、暑苦しいわたし、どう思う?」
「まったく考えられませぬ…」
「姫さん、旦那みたくなるのはやめてね。旦那二人分のお守りはさすがの俺様でもきついかも」
「む、さりげなく失礼だぞ! 佐助ぇ!」
「姫さんは姫さんのままで十分だってことだよ。あ、今俺様良いこと言ったー俺様すごーい」
寿々殿、そ、某もそう思っておりますぞ!」
「うん、うん、二人ともありがとうね」
 そうだ。姫さんはいまのまま、ずっと笑っていてくれたらいい。


 闇に紛れて、血に塗れる―いままでも、これからも、そうやって変わってゆくだろう俺様が願うこと。どれだけこころを殺しても、姫さんの笑顔を見れば、少しだけ人間に戻れるような気がするのだ。願わくは、この穏やかな日々が続きますように。血なまぐさい暗闇を生きる俺様らしくないことを考えた。


 どんな暗闇だって、きっと姫さんには敵わないさ。