「…また派手にやったね」
「うるさいな。ほっといてよ」
久しぶりに男子相手に喧嘩をして帰ったとき、運悪く家の前で恭弥と鉢合わせしてしまった。…ついてない。恭弥とわたしは、いわゆるお隣さんで、いわゆる幼なじみだった。幼稚園も、小学校も、中学校もずっと一緒。腐れ縁にもほどがある。その腐れ縁の副産物として、そこらへんの男子よりも喧嘩が強くなってしまった。
鍵をポケットから取り出して、恭弥を無視していざ玄関へ入ろうとしたら、当然とでもいうように恭弥まであがりこんできた。遠慮がない。そして、勝手知ったる他人の家、迷わずリビングまで歩いていって、まるで自分の家のようにソファでくつろぐのだ。この幼なじみは、いまこの家に誰もいないことを熟知している。
「だれにやられたの」
「恭弥には関係ないよ」
しばらく喧嘩とは無縁だったのに、よりによって喧嘩をした日に限って恭弥に出くわすなんて。ツイてない。ええっと、救急箱はどこにしまってあったっけ。たしかこの辺に…あ、あった。
すりむいたのは、ひざと手のひらと、あとは顔もすこし。打ち身もある。いくら喧嘩が強いとはいっても、なかなか無傷で終わらせることはできない。勝ったけど。その前に、幼なじみに似てしまったこの喧嘩っ早い性格をどうにかしたほうがいいかもしれない、とほんのり思う。
どっかりとソファを占拠する恭弥に"遠慮してあげて"、床に座ろうと思えば、なぜか恭弥が隣に座れと圧をかけてくるので、仕方なく言われた通りに"してあげた"。ここはわたしの家なのに、非常に不本意だ。
「僕の所有物に傷をつける奴は咬み殺す」
低く不機嫌な声で言う台詞は、恭弥らしいといえば、恭弥らしい。でも、
「いつからわたしは恭弥のものになったの?覚えがないよ」
「さくらが生まれたときから」
「ずいぶん長いんだね」
「きみは女の子なんだよ、さくら」
「…誰よりもわたしを女として見てないやつに言われたくない」
鼻で笑って、救急箱の中身を物色する。消毒液と、絆創膏と、湿布もいるかなあ。
思い返しても、女扱いされた記憶がない。そんな相手から、いまさら女の子だよ、って言われたって。恭弥が何を伝えたいのかさっぱりだ。言葉数が多いほうではないから、その真意を推し量るのは幼なじみとはいえ苦労する。
「そして僕は男だ。力の強さだって、もう昔とは比べものにならないんだよ」
わたしの発言をまるで無視して、あっという間に両手首を拘束した恭弥の片手はびくともしない。もう一方の手で、肩を掴まれてそのままソファに押し倒された。…この展開、いったいなんなの。
「ほら、ね」
「ほらね、じゃないよ」
口角をあげて笑う恭弥の瞳は、まさしく獲物をとらえた獣のそれ。こいつ、楽しそうにしやがって…。だけどわたしは、つかまえられてぶるぶる震えているだけの兎じゃない。伊達にこいつの幼なじみをやっていないもの。
自分の家で暴れたくはないんだけど、なあ。
片足で蹴り上げようとしたら、恭弥の足で軽く制されてしまった。あらら。足も動かせなくなってしまった。こいつは不良やってるからばかみたいに強いんだよね、残念なことに。再認識したところで遅い。さて、どうしよう。
「あれ、おとなしくなったね」
「喧嘩は自信あるんだけど」
「僕には相変わらず勝てないんだ?」
「小さいころは勝ってたよ」
「…どうだったかな」
「都合の悪いこと忘れる癖、なおしたほうがいいと思う」
「便利だから、なおすつもりはないよ」
「…あっそ」
昔から我が道を行く男、雲雀恭弥。人格もすっかり形成されて、性格がとんでもない方向に曲がってしまったいま、何を言っても無駄だと思う。だから、反抗するのはやめた。それにしても、この状況はいつまで続くんだろう。早く放してほしい。
「さくら、いま失礼なこと考えてたね」
「……ねえ恭弥」
「(図星だ)なに」
「いい加減、消毒したいんだけど」
「ふーん」
「どいてくれない?わたしが女で、恭弥が男っていうのはわかったから」
「そそるね、この体勢」
「は? ひとの話聞いてる?」
「失礼だね。僕が男で、さくらが女ってことがわかったんでしょ」
「失礼なのはどっち? わかったって、言って、」
息ができなくなるかと思った。それと同時に、なんでわたしは恭弥とキスしてるんだろう、って真剣に悩んだ。むしろ、どうして恭弥はわたしにキスをしてるんだろう。なにがしたいんだろう。ついでに、こんなに冷静な自分も気持ち悪い。現実逃避かもしれない。いくら相手が恭弥だとはいえ、すこしくらいときめいてもいいんじゃないのかな。ああ、相手が恭弥だからか。
「…驚かないの」
わたしが驚かないことを不満に思ったらしい恭弥が片眉を上げる。そんなの、わたしが知りたい。あまりに現実味がないせいかもしれない。ついさっきまで、キスに至るほどのやり取りなんかなかったはずだ。…いや、男だとか女だとか、そういう話はしてたけど。主に恭弥が。
「なんでいきなり、キスなんかしたの?」
「さくらは女の子なんだよ」
「さっきから同じことばっか言うね」
「分かってもらいたいからね」
わたしの肩を掴んでいたはずの手が、耳をなぞる。他の誰でもない、わたしの。知らない感覚に、思わず少しだけ身体を震わせてしまった。
含み笑いでこちらを見下ろす恭弥は、やっぱり楽しそうだった。