あいつは、きっと砂糖かなにかで出来ているんだと思う。っていうかもはやケーキとかそんな感じ。
そういや前にくるくる天パが
「女の子はねェ、砂糖菓子みたいに甘いモンなの。分かる?分かんないよなァ、だって高杉クンだもんねェ。プププ。いやー残念残念。あーイチゴ牛乳うま。どっかにイチゴ牛乳みたいにおいしい女の子いねえかなァ。高杉クン誰か知らね?知らないよなァ、だってt」
とかなんとか言ってた気がする。ぺろぺろキャンディーという名のタバコ片手に。屋上で。
アレ?あのくるくる天パなんで屋上にいたんだ?お前一応教師だろ、生徒の前でタバコ吸うとかありえなくね?しかも発言が(俺に対して)失礼な上に変態くさい。こんな奴が教師だなんて世も末だよな。
気が付いたらその姿を探している。(いまは弁当を広げながら、チャイナ娘や志村姉と喋っている)
目が合うだけで心臓がうるさく鼓動する。(あ、こっち向いた…!?)
その笑顔を向けられたら呼吸を忘れる。(え、なんで笑っ、え…?は?)
これはもう病気だと思った。それも末期の。昼休み、近頃俺を悩ませているこの病気について万斉に相談したら
「晋助…拙者は晋助の恋を応援するでござるよ」
とよく分かんねえ言葉とともに生温かい視線を貰った。ついでに肩もポンポンと叩かれた。恋…だと?万斉いわく、俺の病症は恋をしているから、らしい。まさか、
「そんなことねえ」
「そんなことあるでござる。さくら殿に対してだけその症状があらわれるというのが何よりの証拠。…晋助、」
「んだよ」
「彼女の名前を呼んだだけで、殺気を込めて拙者を睨みつけるのはやめてくれ」
「は、別に睨んでねえし」
「さくら殿、」
「ああ?」
「呼んでみただけでござるよ」
「意味もなく名前呼んでんじゃねえよ。胸糞悪い」
そう言えば気色の悪いにやにや笑いが返ってきた。おまけに
「そうか、晋助にもついに春が…」
とか意味のわからねえことを言ってやがる。おい、誰かこいつを黙らせてくれ。結局、治療法はわからないままで会話は終わった。というか無理やり終わらせた。ちくしょう、こいつに相談した俺が馬鹿だったか。あーだりい。昼休みが終わるまでまだ20分近くある。次の授業は…坂本か。俺はサボることを早々に決めた。べつに数学が苦手とかそういうわけじゃねえ。ほら俺、そろばん塾に通ってるし。
コーヒー牛乳をすするついでに見渡せば、教室内は休み時間独特の喧騒が広がっていた。特にこのクラスのそれは酷いような気がしないでもない、が。
気が付いたらその姿を探している。目が合うだけで心臓がうるさく鼓動する。その笑顔を向けられたら呼吸を忘れる。声なんか掛けられた日には
「高杉くん!」
掛けられた日、には、…心臓が口から飛び出すに違いない。あっぶねえまじで飛び出すところだった。コーヒー牛乳が。
「…あ?」
「いきなりごめんね。あの、昨日国語の宿題出てたでしょ? それ集めようと思って」
目の前に、彼女がいる。俺の病気の原因(かもしれないらしい)彼女が。困ったように眉を下げ、こちらを見つめている。そういえばあのクソ天パ、宿題出してたな。やったのに存在をすっかり忘れていた。
動揺を悟られないよう、努めて冷静に。必死に普段の俺を装いながら、ガサガサと机の中をひっかきまわし、目的のノートを取り出した。
「ん、」
そして仏頂面のまま彼女に手渡す。万斉も同じように彼女にノートを預けると、ふと何気なく聞いた。
「さくら殿、このノートは職員室に持っていくのでござるか?」
「うん、そうだよ~。銀八先生に、お昼までに持ってこいよって言われてたの忘れてて」
「それなら急いだほうが良いな」
そう言うと、万斉は意味深な視線を投げて寄こした。さらに声は出さずに口を動かす。
て、つ、だ、え。
―手伝え? ぽかんとした俺が何も言えないでいると、勝手に万斉がぺらぺらと喋りだす。
「クラス全員分となれば、さくら殿だけでは大変でござる。そこで、晋助をお貸しいたそう」
「え、そんなのわるいよ! ひとりで大丈夫だよ」
「いやいや、人の厚意は受け取っておくべきでござるよ、さくら殿。拙者が手伝ってもよいのだが、」
「…手伝う」
思わず立ち上がる。考えるよりも行動が先だった。万斉は相変わらずにやにやしている。ちくしょう。とりあえず盛大にひと睨みしておいた。そんな俺の視線をものともせず、
「いってらっしゃいでござる~」
とかなんとか抜かしやがる。クソ万斉てめえあとで覚えとけよクソ。
教卓の前に山積みにされているノートのうえに、冬本はさらにいま回収した数冊分のノートを重ねた。おいコラ万斉、絶対これ全員分ねえぞ。思ったよりも高さがなかったが、このクラスの提出状況の悪さを思えば、むしろ多いほうなのかもしれないと考え直した。
「これだけか」
「うん、でも今日はちょっと多いほうだよ」
どうやら本当に多いほうだったらしい。どうなってんだこのクラス。冬本が腕を伸ばす前に、さっさとノートを抱える。もちろん全部だ。そんなに重みも高さもないのに、中途半端にノートを持たせるなんて野暮なことはしない。…かっこいいところを見せたいとかそういう下心があるわけでもない。決して。
「全部持ってくれなくていいよ?わたしも持つから」
「いい」
そしたら一瞬きょとんとした冬本がノートの何冊かをさらっていった。
「ありがとう、高杉くん。でも、わたしにも持たせて!」
なんて言いながら。…くそ、かわいい。
二人並んで職員室までの道のりを歩く。通り過ぎるクラスの、昼休みの喧騒が遠のいて聞こえる。
だって、隣に、冬本が。
沈黙が多く、言葉が少ないのは、自分がなにか余計なことを喋らないか不安なのと、油断したら心臓が口から飛び出してしまいそうな気がしたからだ。あー俺かっこ悪ィ。ちらりと隣を盗み見ると、冬本は沈黙をなんとも思ってないような顔で、鼻歌さえ口ずさんでいた。こいつ、ちいせえな…少なくとも頭一つ分は小さいであろう彼女を、というか彼女のつむじを見下ろしながらそう思った。
「失礼しまーす。あ、銀八先生! これ、昨日の宿題です」
「おー。そこらへんに置いといてくれや。アレ? なんで高杉クン? 先生幻覚見てる?あ の高杉クンが? へえェ~? あっそォなのォ〜??」
いったい何なんだ。どいつもこいつも俺の顔見てニヤニヤニヤニヤ。ひとの手伝いしてる俺がそんなに珍しいか?ああ?
「うるせえくそ天パ。その忌々しい天パ全部むしり取るぞ」
低い声で睨みをきかせれば、
「やだ高杉クン天パは先生のアイデンティティなの、それがなくなったらただの善良な一教師になっちまうのオオオ! 俺のアイデンティティィィ! …あ、でも全部むしり取られたらあとから生えてくる髪の毛がもしかしたらサラッサラストレートになってるかもしれない…でもでもォ!!」
とか言いながら髪を振り乱しつつ(とは言うものの、奴の髪は天パゆえに存分に振り乱れきれていない)発狂しだしたので、もう帰ることにした。用は済んだしな。とりあえず天パの天パをむしり取っても、善良な一教師になることはないと思う。DNA単位で。
「行こうぜ」
「そうだね」
くすくすと笑い声を漏らす冬本に声をかけて、職員室をあとにしようとするも
「うおーい、さくらー」
我に返ったらしい天パが彼女を呼ぶ。
「男はオオカミだかんなー気ぃつけろよー」
それはテメエのことだろうが。おいクソ天パ、いまなんで俺を見た。
「? うん、わかったー」
冬本も律儀に返事してんじゃねえ!
失礼しましたーと言いながら冬本が職員室のドアをしめる。そして、行きと変わらず無言のまま教室へと歩きだした。昼休み終了まで、あと10分。こういうとき、何か気の利いた言葉でも言えたらいいのか?話題提供?なにを?悶々と考えていると、不意に冬本がつぶやいた。
「あ、そういえば、」
「わたしたち、挨拶とかするくらいで、そんなに喋ったことなかったよねー」
「そ、うだな」
「ねえ高杉くん! わたし、高杉くんともっとお近づきになりたいな!」
ちょ、お近づきっておま、なんてこと言ってんだ! そんな笑顔で! 俺の心臓もたねえよコノヤロオオ!
「いまさらだけど…あらためてよろしくね、高杉くん! あと、今日は手伝ってくれてありがとう!」
だから心臓もたねえっつってんだろオオオオ!
「お、おお」
「高杉くんって、ちょっと怖いイメージがあったんだけど、そんなことないね。優しいんだね」
もう一度、冬本はありがとうと言った。ふわり、そんな笑顔を向けられた俺はどうしたらいい。甘くて、柔らかくて、ふわふわしている。なんかこう、雰囲気が。…いまなら、天パの言っていた意味が分かるような気がした。
「おかえり、晋助」
教室に戻ってきた俺を見るなりにやにやしがやって。恋のキューピッドにでもなったつもりか?こんな気色悪いキューピッドなんて願い下げだ。これからは自分の力でなんとかしてやる。そうか、これが恋なのか、とは万斉の前では口が裂けても言わない。見てろ、冬本。俺は絶対にお前を振り向かせてやる。
お砂糖よりもあまいおんなのこ!
病名:恋 原因:あのこ!