戦があるたびに、死ぬな、とそのお方はおっしゃった。どこまでも青い空のような、そんな空気を纏うお方だった。
敬愛し、憧れ、かく在りたいと思った。
じりじりじりじり、わたしは陽光に焼かれていた。太陽は高い。緑を、青を、あるいは赤を輝かせながら、地上へと降り注いでいる。じりじりじりじり、光を見つめるわたしの両目。このままでは網膜が焼き切れてしまいそうだ。
蝉の声が聞こえる。
世界は霞み、両の手は血にまみれ、足は立つことを放棄した。どくどくと、赤い生が流れ出る音が、耳奥から響いてくる。きっと最期のときは近い。
遠くから、鬨をあげる声がした。ああ、また勝利した。拳を天に振り上げている彼らの姿が見えるようだ。それなのにわたしと来たら、地面と背中合わせになっている。笑えない。そのうち誰かが見つけてくれるだろうか。まあ、死んでしまったらただの屍か。
どれほどそうしていたのだろう。たいした時間は経っていなかったのかもしれない。大地を踏みしめる音がしたかと思うと、打ち捨てられたままでいたわたしの頭上にふっと影が生まれた。目を閉じる。でも見える。誰がそこにいるのかが、分かる。
「…こんなところで何してんだ、名前」
「…申し訳、ございません、」
しかし、わたしもじきに、あたり一面に転がる数多の屍の仲間入りをすることは、とうに分かりきったことだった。他の誰でもない自分がそう思うのだから間違いない。
冷えゆく時間を止める術などなく、死はわたしからすべてを奪ってゆく。五感が、体温が、喪われていく気がした。
「政宗さまの、勝ち、ですね」
「馬鹿野郎。お前らがいて初めて勝ち取れるもんだ。俺だけの勝利じゃねえ」
「…勝利を導く、のは、いつでも政宗さまです、から」
「shut up! 下らねえことはもう喋んな」
ああ、下らなくなどないと言うのに。怒られてしまった。
「ねえ、政宗さま」
「Ah?」
「わたし、は、あなたさまのお役に、立てましたか」
こんな弱いわたしでも、天下を目指す政宗さまのお力となれましたか。礎となるにふさわしい死となりますか。
「お前は、充分すぎるほどやってくれた」
「…よかった」
「すまねえ」
重そうな鎧の音がして、気配が近づく。影が濃くなった気がした。
「…政宗さま?」
「お前を戦場に縛りつけた俺を許してくれ。名前が女として生きる権利と幸せを奪ったこの俺を」
「わたし、は、」
「綺麗な着物を着て、四季の移りを愛でる日常が、お前には似合いだと、そう分かっていたはずなのに」
「政宗さま、」
それは違います、政宗さま。わたしは女である以前に、名字名前という人間なのです。名前の幸せは、政宗さまのお役に立つこと。美しい着物よりも、気づけば過ぎ去っている季節よりも、わたしが欲しかった日常は、あなたの治める天下を生きることでした。女だてらに刀を振るうなど、と嘲笑されても、いままで戦場に立ち続けることができたのは、その想いあってこそ。
「政宗さま、」
「…なんだ」
言いたいことはたくさんあるけれど、もう時間はあまり残されていないようだから。
「生きて、生きて…、勝って、天下をその手に」
さいごにもう一度、あの青を見たい。そう思って光を得た両の目は、変わらずぼんやりと霞を纏っているけれど、…ああ。
真昼の青空に、細長い三日月が浮かんでいる。手を伸ばせば、触れられるような気さえするほどに。月はこんなにも近くにあったのですね。
「…死ぬな、って言っただろ。なあ、名前」
主君の命を違うなど、臣下にあるまじき行為だ。政宗さま、名前はまだ死ぬと決まったわけではありませんよ、そう軽口を叩けたらどんなにいいか。
きらきらと悲しげに三日月が揺れたのは、わたしの見間違いだったのだろうか。
蝉の声はもう聞こえない。
夏幻の月
(夏に恋して、刹那に燃えゆく蝉のように、わたしは生を駆け抜けたのです。)