「生まれ変わったら、鳥になりてえな…」
窓から空を見上げながら言うそれは、政宗さまの幼少のころからの口癖でございました。
昔、このお城へ奉公にあがったとき、最初に言いつけられたのは政宗さま―もとい梵天丸さまのお話し相手になることでございました。どうやら、梵天丸さまと年がもっとも近いということで選ばれたようでございます。
伊達家次期当主でいらっしゃる梵天丸さまのお相手などが、わたしなどに務まるのか…と、それはそれは気が重くてしようがなかったのですが、実際にお会いしてみると杞憂であったことがわかり、たいそう安心したことを憶えています。
梵天丸さまは一見すれば、良く言えば好奇心旺盛、悪く言えばやんちゃな、どこにでもいる童児に見えました。わたしはお話の相手というよりも、遊び相手のような役目をしていたように思います。
しかし、わたしはお仕えするうちに、だんだんと違和感を抱くようになったのです。
考えてみれば、"話し相手"というのはやんちゃ盛りの男児にとっては妙な話です。本来ならば、年が同じくらいの男児がこの役目を仰せつかるのではないか、女であるわたしが、梵天丸さまのお相手をすることに一体どういう意味があるのか―やがて、絡まった糸がするするとほどけていくように、疑問はひとつの答えへとたどり着いたのでした。
まだ物心もつかない時分に疱瘡によってその右目を奪われたうえに、実の母君の愛情までも失ったという出来事が、梵天丸さまのこころにくらい影を落としていることに気づいたのです。それでもこころの屈折を見せないように、つとめて明るく、"年相応に"振舞おうとしていたことが、違和感の正体だったのだ、と。
その事実をご本人に申し上げるべきか否か、わたしはずいぶん悩みました。このまま気づかないふりをするほうが、梵天丸さまには都合が良いのだろうとも、思いました。ですが、これから先の人生にも黒く滲んでしまうようなことこそ、梵天丸さまのためにはならないのだ、それならば―と、あるとき思い切って申し上げたのです。
―梵天丸さま、嘘はもう止めにいたしませんか、と。
年端もいかぬ童の健気な気持ちを、嘘と断じることはあまりにも残酷なことでございました。ああ、わたしはなんと恐れ多いことをしてしまったのでしょう。よくもお手打ちにならなかったものだと思っております。されど、それほど強い言葉を使わねば、梵天丸さまのお心に触れることもかなわぬ気がしていました。
最初のうちは鋭かった梵天丸さまの瞳に、みるみる涙が溜まっていくのが何よりの答えでした。それは、短いですがお仕えしてきたなかではじめて見る梵天丸さまの涙でした。
そして梵天丸さまは「きづいたのは、いろはが二人目だ」と仰ったのです。一人目は、わたしよりも長く梵天丸さまにお仕えしており、母君との確執もご存知の小十郎さまだそうです。(きっと、いままでの振る舞いは、小十郎さまの支えがあってこそ為せたものだったのでしょう。)
お側近くに侍るわたしに対しても、どことなく一線をひいていたような感じがしていた梵天丸さまは、それからというもの、以前よりも親しく接してくださるようになりました。もっと素直に感情を見せ、泣き、怒るようになりました。まるで、畏れ多くも…姉のように慕ってくださるような気がしていました。ようやく、わたしは梵天丸さまに本当に認められた気がして、とても誇らしい気持ちに満ち満ちていました。
そのころからです、「鳥になりたい」と仰るようになったのは。どうやら、地面に足を縛り付けられている自分とは違って大空を自由に翔ける鳥は、梵天丸さまの憧れだったらしいのです。
「なあ、自由ってどんな心地がするんだ? 俺は感じたことがないから分からねえのさ」
もちろん、わたしも鳥ではありませんからその答えを持ってはおりません。けれど、寄り添うことはできます。
「政宗さま。政宗さまはもう自由なのです。空を飛びたいと願えば、羽ばたくことができるのですよ」
「そうか。…鳥になりてえ、な」
青い空を見る政宗さまの片目は、しかしどこか空ではない遠くを見ておいでです。猛々しい若き龍は、どこまでも鳥を、自由を恋うのでした。
「ならばわたしは、政宗さまが羽を休める止まり木になりましょう。この腕で抱きしめ、傷ついたあなたさまのこころをこの涙で癒して、政宗さまをお護りいたします。どこまでも自由に生きてゆくあなたの、最後の砦。いつまでもお待ちしております。だから、安心して行ってらっしゃいませ。わたしはずっと、ここにおりますから」
「かなわねえな、いろはには」
そう低く笑い声を漏らす政宗さまは、いまでは立派な一国の主です。その背には、伊達の名前だけでなく数多の命を負っているのです。安易に鳥に焦がれる身分には、もう在りません。だからこそ、矛盾は承知のうえでわたしは政宗さまの願いを叶えてさしあげたいと思うのです。
こんなわたしは、浅ましいでしょうか、愚かでしょうか。
「約束だぞ、ちゃんと待ってろよ。俺の隣は、いろは、お前がいいんだ」
「…ありがたきお言葉、それだけでいろはは充分でございます」
ですからどうか、政宗さまの最後の砦でありたいという厚かましい願いだけは見逃してくださいませんか。それ以上のことなど、わたしは何も望みません。
菩提樹の砦
もしもわたしが朽ちはてたのなら、そのときにはどうか骨はこの地に、魂はあなたさまの御許に。
どのような形であれ、わたしは政宗さまのおそばにいたいのです。